昨年の12月、私はサイパンへひとりで行ってきました。
リゾートじゃなく、祈りに行くために。
実は私の大叔父は、レイテ島で戦死しています。幼い頃からそのことを聞かされていたこともあり、太平洋戦争のことは人より少し身近に感じてきました。歴史好きということもあって、サイパンへ行く前にはある程度勉強もしていきました。
昨年は戦後80年という節目の年。「今年行かなければ、いつ行くんだろう」と思ったのが、正直なきっかけでした。
「サイパンって、海がきれいなところでしょ?」
友人にそう言われたとき、少し複雑な気持ちになりました。確かにそうです。マニャガハ島の海は、本当に息をのむほど青い。でも、その美しい海のそばに、80年前に多くの命が失われた場所があることを、知っている人はどれだけいるのだろう、と思ったんです。
ひとりで行こうと決めたのは、誰かに気を使わず、ただ静かに手を合わせたかったから。
そして私は、バンザイクリフに立つことになりました。
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バンザイクリフ|静かな場所で静かに手を合わせた
バンザイクリフに着いたとき、そこはほぼ貸し切りでした。
風の音だけが聞こえる、静かな場所でした。
今回の旅では、ベルトラで日本人ガイドさんをお願いしていました。ひとり旅だったので、現地のことをしっかり知りたいと思ったのが理由です。事前にある程度勉強はしていたけれど、実際に現地で説明を聞くのはまた違いました。ガイドのかおるさんが、この場所の歴史的な背景や慰霊スポットとしての意味を、丁寧に話してくれました。
ガイドさんがいなければ、きっと「きれいな海の見える崖」で終わっていたかもしれません。
目の前に広がる青い海と、その断崖の高さのギャップに、しばらく言葉が出なかった。
80年前、多くの日本人がここから身を投げた。
家族のために、国のために、あるいは追い詰められて。その一人ひとりに、未来があって、名前があって、好きな食べ物があって、会いたい人がいたはずなのに。
私の大叔父はレイテ島で戦死しています。直接会ったことはないけれど、幼い頃からその話を聞いて育ちました。だからといって、ここで亡くなった方たちの気持ちを完全に理解できるとは思わない。でも、看護師として毎日「命」の近くで働いているからこそ、感じるものがここにはある気がしました。
慰霊碑の前で、静かに手を合わせました。
「今、こうして生きていること」が、どれだけ当たり前じゃないのか。そのことを、じんわりと感じていました。

ラストコマンドポスト|80年前のままそこにあった
バンザイクリフから移動して、次に向かったのがラストコマンドポストです。
ここは、太平洋戦争末期に日本軍が最後の指揮をとった場所。洞窟や当時の武器がそのまま保存されています。
まず目に入ったのが、実際に使われていた大砲と戦車でした。戦車、と聞いてどんなものを想像しますか?私は映画で見るような、どっしりとした重厚感のあるものをイメージしていました。
でも実際に目の前にしたとき、思わずガイドさんに聞いてしまいました。
「これが戦車ですか?薄くないですか?小さくないですか?」
ガイドさんは静かな表情で、こう教えてくれました。
「当時は鉄を集めるのも大変だったと思います。小回りのきく戦車でもあったのかもしれません。」その言葉が、しばらく頭から離れませんでした。
鉄も満足に集められない状況で、それでも戦場に向かっていた人たちがいた。こんなに薄い鉄板の中に人が乗っていたのか。
悲しい、とも少し違う。可哀想、というのも、なんか違う気がする。当時を生きた人たちに、そんな言葉は失礼な気もして。
うまく言葉にできないけれど、胸の奥がぎゅっと苦しくなるような、それでいて「ありがとう」という気持ちが静かに湧いてくるような、そんな感覚でした。
それでも、サイパン政府がこうして大切に保管してくれていることには、素直に感謝の気持ちが湧いてきました。国旗がボロボロになっていたのは少し気になったけれど…
数年に一度は交換しているはずだろうし、島の気候や風を考えたら、そうなるのも無理はないかな、と。それよりも、80年以上経った今もこうして保存し続けてくれていることの方が、ずっと大切なことだと感じました。

洞窟|80年前の設計が今もそこに立っていた
ラストコマンドポストで、もうひとつ印象に残ったのが実際に中に入れる洞窟です。
壁には大砲が打ち込まれた跡がいくつも残っていました。貫通しているのか、していないのか、実はいろんな見解があるそうで、ガイドさんも「詳しい観光客の方に逆に突っ込まれることがあるんですよ」と苦笑いしていました。
その話を聞いて、思わず笑ってしまったけれど、それだけ多くの人がこの場所に関心を持って訪れているということでもあるんだな、と感じました。
そして笑いが落ち着いた後、改めて洞窟の中を見渡すと、80年以上経った今もしっかりと立っていることに気づきました。
要所に配置されたコンクリートの柱、天井。崩れないように計算された設計。
これを当時の日本人が作ったのか、と思ったら、なんだか誇らしいような、不思議な気持ちになりました。戦争という悲しい文脈の中にあるけれど、その技術と知恵は本物だったんだな、と。
胸が痛くなる場所でもあり、同時に日本人であることをふと感じる場所でもありました。
彩帆八幡神社|ジャングルの中に、日本がまだ息をしていた
事前の情報では、神社はジャングルの中にあると聞いていました。
足元が悪いかもしれないと覚悟していたのですが、行ってみると、タイミングよくボランティアの方が少し前に整備してくれていたようで、思っていたよりずっと歩きやすい状態でした。
ただ、ここは私有地のため、管理の方への許可が必要です。心付けもお渡しするのがマナーで、私は10ドルを置かせていただきました。訪れる方はその点だけ事前に知っておくといいと思います。
神社の中に入った瞬間、空気が変わった気がしました。
ひんやりとしているのに、どこか温かい。不思議な感覚でした。
鳥居は倒れていましたが、そこには「大正」の刻印が残っていました。大正時代にここに鳥居が建てられ、人々が参拝していた。昔はお祭りや相撲大会も行われていたと聞いて、戦争の前にはここにも普通の、平和な日常があったんだな、とじんわり感じました。
狛犬も1体残っていて、手水舎もありました。
ガイドさんが教えてくれたのですが、当時のサイパンは水に苦しんでいたため、手水舎の水は宮司さんが自ら運んでいたのではないかということでした。その話を聞いて、手水舎がより特別なものに見えてきました。
小さな祠にはお賽銭を入れられる状態ではなかったので、お水をお供えしました。
うまく言葉にはできないけれど、「ちゃんと来られてよかった」と、静かに思いました。

その夜|知らずに眠っていたビーチで
慰霊の一日を終えて、ホテルに戻りました。
バンザイクリフで手を合わせ、ラストコマンドポストの洞窟に入り、八幡神社でお水をお供えした。頭も心も、静かに満たされているような感覚でした。
ただ、あとから少し驚いたことがあります。
帰国してからガイドさんに聞いて知ったのですが、私が泊まっていたホテルのビーチは、かつて「バンザイ突撃」が行われた場所だったというのです。
バンザイ突撃とは、弾薬も武器もほぼ尽き果てた状況で、それでも敵陣へ向かっていった最後の総攻撃のこと。兵士だけでなく、住民までが加わっていたといいます。
そのビーチで、私は何も知らずに眠っていた。
なんとも言えない気持ちになりました。
怖いとか、不思議とか、そういうのとも少し違って。ただ、「この場所にいたんだな」という実感が、帰ってからじわじわと押し寄せてきました。
サイパンという島は、どこを歩いても、歴史の上に立っているのかもしれない。そんなことを思いました。

2日目|マニャガハ島で思いっきり自分を解放した
慰霊の一日を終えた翌朝、私は早起きして朝一番のフェリーに乗り込みました。
昨日は、80年前に思いを馳せた一日でした。
でも今日は、今を思いっきり生きる日。
目の前に広がったのは、息をのむほど青い海と、カラフルな魚たちの世界。
思わず心の中で叫んでいました。
早起きして朝一番に来た私、正解すぎる。
それだけで、もう来てよかったと思えました。
フェリーはホテルからの送迎付きで、移動も楽ちんです。朝一番がおすすめなのは、人が少なくて静かな時間を楽しめるから。実際、日本人には1組しかすれ違いませんでした。韓国人や台湾人の方が多かったように思います。それくらい、今のサイパンは日本人観光客が少なくなっています。
ひとつ正直に言うと、物価は高めです。
パラソルとチェアを2時間借りるだけで8,000円ほど。円安もあって、スナックやジュースも気軽に買える値段ではありませんでした。食べ物や飲み物は持ち込みがおすすめです。
でも、シュノーケルもパラセーリングも、やりたいことを全部やりました。
誰かに気を使うことも、誰かのペースに合わせることも、一切なし。自分のしたいことを、したい順番で、したいだけやる。
これが一人旅の最高なところだなと、改めて感じました。
さいこうじゃん、サイパン!

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まとめ|歴史を知ると今日という日が変わる
サイパンで過ごした3泊4日は、私にとって特別な時間になりました。
バンザイクリフで手を合わせ、ラストコマンドポストで戦車の薄さに言葉を失い、八幡神社でひんやりとした空気の中に温かさを感じた1日目。
そしてマニャガハ島の青い海で、思いっきり自分を解放した2日目。
重さと軽さ、祈りと解放、どちらも同じサイパンという場所で体験できました。
歴史を知ると、「今日」という日の見え方が変わります。
通勤が面倒だな、と思う朝も。仕事で疲れ果てた夜も。当たり前のように食事ができて、好きな場所へ行けて、会いたい人に会える日常が、80年前の人たちにとってはどれほど遠い夢だったか。
そう思うだけで、今日という日を少し丁寧に生きようと思えます。
大きく何かを変えなくていい。特別なことをしなくていい。
旅に出て、手を合わせて、青い海を見て。そんな小さな体験が、気持ちを整えてくれることがあります。
忙しい毎日の中で、少しだけ立ち止まって、「今、ここにいる自分」を感じてみてください。
それだけで、明日がほんの少し軽くなるかもしれません。

おわりに
整えることで、人生は少しずつ変えられると感じています。
この旅が、どなたかの小さな一歩を後押しできたら嬉しいです。
