橋場不動尊 ひとり参拝|三度の災禍を免れたお不動さまと、700年の大銀杏

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橋場不動尊の樹齢七百年の大銀杏とご本堂 一人旅

皆さまごきげんよう、インターホンを2回押したジュリー・ジョリーです。

浅草から北へ、隅田川に沿って進んだところに、橋場不動尊という小さなお寺があります。

正直に言うと、着いた瞬間の感想は「こじんまりしているな」でした。

境内はすっと見渡せる広さ。参拝者もいない。寺務所の電気は消えている。「あれ、御朱印いただけるのかな」と不安になったくらいです。

でも——この場所には、とんでもない話が隠れていました。

明治の大火。関東大震災。東京大空襲。

この一角だけ、三度とも焼けていないんです。

📖 この記事でわかること

  • 橋場不動尊の行き方(浅草から100円のバスで)
  • 「火伏せのお不動さま」と呼ばれる理由
  • 参道の終わりに立つ、樹齢約700年の大銀杏
  • 御朱印のいただき方(インターホンを押します)

駐車場の隣に、違う時間が流れていた

橋場不動尊の入口

待乳山聖天参拝後、隅田公園停留所から台東区の循環バス「めぐりん」に乗りました。8つ目の「橋場一丁目」で下車して、そこから歩いて7分ほど。運賃は一律100円、SuicaやPASMOも使えます。

浅草駅から歩くと30分ほどかかるので、バスを使うのがおすすめです。

正式な名前は砂尾山橋場寺不動院(さおさん はしばでら ふどういん)。比叡山延暦寺を本山とする天台宗のお寺です。浅草名所七福神では布袋尊をお祀りしています。

お寺の隣には、ふつうに駐車場がありました。車が停まっていて、その向こうには住宅と電線。どこにでもある、東京の下町の風景です。

ところが、ご本堂に近づくにつれて空気が変わるんです。

近代文明の車のすぐ隣に、時間の違う空間がある。

橋場不動尊と駐車場

隔てる塀もないのに、こちら側だけ、流れている時間の速度が違う。この感じ、神社仏閣めぐりをしていると時々出会いますが、ここはそれが特に極端でした。

こじんまり、と思ったのですが

橋場不動尊のご本堂

境内は、すっと見渡せる広さです。

ひとつ前に訪ねた待乳山聖天が、大根やら築地塀やら歌碑やらで密度が高かったので、なおさらそう感じたのかもしれません。

静かで、地元の方の暮らしのすぐ隣にある、という佇まい。観光客の姿もありません。

「こじんまりしているな」

そう思いながら、ちょっと携帯で調べてみました。

そして、その「こじんまり」の見え方が、まるっきり変わることになります。

三度、焼けなかったお不動さま

このお寺が開かれたのは、天平宝字4年(760年)。寂昇上人(じゃくしょうしょうにん)という方によって開創されました。

奈良時代です。東大寺の大仏が完成して、まだ数年しか経っていない頃。

はじめは法相宗でしたが、長寛元年(1163年)に天台宗へ改まりました。そして今立っているお堂は、弘化2年(1845年)建立。江戸時代のものが、そのまま現役で使われています。

……ここで、あれ?と思いませんか。

関東大震災は? 東京大空襲は?

東京の下町は、あの2つでほとんど焼き尽くされました。江戸の建物が今ほとんど残っていないのは、そのためです。

ところが、ここは違いました。

公式の由緒には、こう記されています。

不動院を中心とした橋場の一角だけは災禍を免れ

明治末年の大火。関東大震災。そして戦災。

三度とも、ここだけ焼けなかった。

まわりが火の海になっても、この一角だけが残った。それが偶然だとしても、三度続けば、人はそこに意味を見出します。

そうして人々から「火伏せの橋場不動尊」と呼ばれるようになり、篤い信仰を集めてきました。

ご本尊のお不動さまは秘仏で、直接拝むことはできません。かわりに「お前立(おまえだち)」のお不動さまが本堂にいらっしゃいます。良弁僧都(ろうべんそうず)が相州大山寺で彫った「一木三体不動」の随一と伝えられる仏さま(諸説あります)。

見えないけれど、確かにそこにいて、この一角を火から守ってきた。

そう思って境内を見回したとき、目の前の景色が、まったく違うものに見えてきました。

小さいのではなく、残ったのです。

 

派手さがないのは、観光地化されなかったから。観光地化されなかったからこそ、地元の人の祈りだけで1200年以上つづいてきた。

それってむしろ、すごいことじゃないでしょうか。

参道の終わりに、大御所が立っている

参道の終りに在る樹齢七百年の大銀杏

参道をまっすぐ進んでいくと、その突き当たりに、とても大きな銀杏がありました。

本堂の右前。ちょうど参道が終わるところで、見上げる形になります。

樹齢は約700年。台東区の公式サイトにも記載のある、このお寺のシンボルです。

首を反らして見上げながら、私が思ったのは——

「まだまだ生きている、大御所感」

枯れかけた老木、という雰囲気ではまったくないんです。葉がわさわさと茂っていて、幹は太くて、明らかに現役。700年生きて、まだ全然元気。あと何百年でも立っていそうな圧があります。

この木、かつては隅田川を行き交う船や参拝客の目印だったのだそうです。

川の上から「ああ、あの銀杏だ」と目指した人が、700年ぶんいる。ナビも地図アプリもない時代の、生きた道しるべ。…Googleマップなしでは、私は辿り着けません。(笑)

火に強い木が、火伏せの寺に立っている

そして、ここでひとつ思い当たったことがありました。

イチョウは、燃えにくい木なんです。

幹にも葉にも水分をたっぷり含んでいるため、昔から防火樹として寺社や街道に植えられてきました。関東大震災のときも、イチョウの並木が火を食い止めた記録が各地に残っています。

火伏せのお不動さまと、火に強い大銀杏。

この一角が三度の災禍を免れたのは、祈りだけの話ではなかったのかもしれません。

信仰と、植物の性質と、たまたまの風向きと。いろいろなものが重なって、ここは残った。そう考えるほうが、私にはむしろ豊かに感じられます。

700年、ここに立ち続けている木。

見上げながら、「わたしの知らない時代も見てきたんだね」と、心の中で話しかけていました。

📚 ジュリーのおすすめ「火事と喧嘩は江戸の華」と言われるほど、江戸は火事の多い街でした。だからこそ「焼けなかった場所」が特別な意味を持ちます。背景を知ってから歩くと、下町の風景の見え方が変わります。『江戸を知る――江戸学事始め』竹内誠/敬文舎

お腹が、袋でした

浅草名所七福神での担当は、布袋尊。

大きな袋を肩に担いだ、あのふくよかな笑顔の神さま——だと、私はずっと思っていました。もとは中国・唐末に実在した禅僧、契此(かいし)がモデルとされる神さまです。

ところが、ここの布袋さまはちょっと違いました。

台東区の公式サイトによると、橋場不動尊の布袋尊像は江戸時代から伝わるもので、肩に袋がなく、お腹が袋代わりという珍しいお姿なのだそうです。

袋を背負わない布袋さま。全部、自分のお腹に入っている。

……なんだか、いさぎよくないですか。

ただし、この布袋さまの御開帳は1月1日から7日まで。

私が伺ったのは8月ですから——拝めていません。

正直、これを知ったのは家に帰って調べていたときで、我ながらリサーチ不足に、完敗。目の前まで行っていたのに。

でも、それでいいんだと思います。

また来る理由が、ひとつできました。お正月の橋場不動尊。今から楽しみです。

電気の消えた寺務所と、インターホン2回

さて、この記事でいちばんお伝えしたい実用情報です。

橋場不動尊の御朱印は、インターホンを押していただきます。

寺務所に常時どなたかが控えていらっしゃるわけではないようで、私が伺ったときは電気が消えていました。

これ、ちょっと不安になります。

「留守なのかな」「いただけないのかな」「押して迷惑じゃないかな」——インターホンの前で、一瞬ためらいました。

意を決して、ピンポン。

……来ない。

奥からは、確実に物音がするんです。人はいる。でも出てこられない。

10秒、20秒。「やっぱりダメか」と踵を返しかけて、もう一度だけ押してみました。

2回目で、出てきてくださいました。

気づかれていなかっただけだったんです。とても感じよく応対してくださって、御朱印もその場で書いていただけました。

待ち時間はゼロ。書いていただく時間だけです。

だから、これから行かれる方にお伝えしたいのは、これです。

電気が消えていても、諦めないでください。そして、2回目を押してください。

1回で引き返してしまう方、絶対にいると思うんです。私も、あと3秒早く諦めていたら、この御朱印はいただけていませんでした。

お堂の中は、深くは覗いていません。静かな場所だったので、あまり無遠慮にならないようにと思って。

追い抜いていった、あの人

最後に、ひとつだけ。

私が参拝を終えて帰ろうとしたとき、ひとりの男性が入ってこられました。

そして、私と同じように、インターホンを押していらっしゃいました。

あ。同じだ。

それだけのことなんですけど、なんだかうれしくなってしまって。

その後、私は歩いて石浜神社へ向かいました。次の——そして最後の一社です。徒歩5〜6分の道のりを、暑いなあと思いながら歩いていると。

さっきの男性に、追い抜かれました。

速い。

間違いありません。あの人も、浅草名所七福神をめぐっているんです。同じ日に、同じ順番で、同じ場所を目指している。

言葉は交わしていません。会釈もしていません。ただ追い抜かれただけです。

それでも私は、ひとりで歩いているのに、ひとりじゃないような気持ちになりました。

ひとり旅って、孤独だと思われがちです。実際、誰とも話さない日もあります。

でも、こういうことが起きるんです。

名前も知らない、話もしていない。それでも「同じものを目指している人」がそこにいるとわかるだけで、道はちょっと心強くなる。

七福神めぐりは、通年でできます。だから、これを読んで出かけた方が、いつかどこかの境内で誰かとすれ違うかもしれません。

そのときは、心の中で「あ、仲間だ」と思ってください。それだけで十分です。

おわりに

「こじんまりしているな」から始まった参拝でした。

帰るときには、まったく違う場所に見えていました。

1200年以上つづいて、三度の火から守られて、700年の木が今も元気に立っている。観光地にはならなかったけれど、地元の人の祈りだけで、ここまで来た。

小さいのではなく、残ったのです。

この日は浅草名所七福神めぐりの完結編で、待乳山聖天と石浜神社もめぐりました。一日の全ルートと、帰りにバスが来なくて途方に暮れた話は、こちらに書いています。

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九社寺の順番・費用・所要時間をまとめた早見表もつくりました。準備はこちらでどうぞ。

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整えることで、人生は変えられる。

それではみなさま、ごきげんよう。

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