皆さまごきげんよう。この度、気分は巴御前なジュリー・ジョリーです。
伊香保温泉に泊まった翌日、群馬県渋川市の木曽三社神社へ行ってきました。木曽義仲の家臣たちが、主君を失ったあとに開いたと伝わる神社です。
先にお伝えすると、この日は御朱印をいただけませんでした。 湧き水まで行くこともできませんでした。それでも、行ってよかったと思っています。
これから行く方が困らないように、行き方と注意点を先にまとめます。
この記事でわかること(結論の表)
| 知りたいこと | 答え |
|---|---|
| 場所 | 群馬県渋川市北橘町下箱田1番地 |
| 何の神様? | 須佐之男命・彦火火出見命・豊玉姫命・宇気母智神 |
| 車なしで行ける? | 行けます。渋川駅1番線からバスで約13分、片道480円。30分に1本ほど |
| 降りるバス停 | 木曽神社入口(関越交通) |
| バス停から | 上り坂を徒歩約25分。歩道のない狭い道の端を歩きます |
| タクシーだと | 3,000〜4,000円ほど(伊香保の観光センターで確認) |
| 御朱印 | 月曜日はいただけませんでした。電話で確認してから行くと安心です |
| 湧き水「湧玉」 | 群馬県の環境保全地域。道は草が深く、10月でも虫が多いです。虫よけは必須 |
| 例祭 | 4月15日・10月15日 |
| 所要時間 | 参拝だけなら15分ほど。バスと徒歩を入れると往復1時間半以上 |
| 一人でも大丈夫? | 参拝者は私ひとりでした。とても静かです |
| 雰囲気 | 手入れされすぎていない、秘境のような神社です |
| おすすめの季節 | 冬。虫が苦手な人は特に |
渋川駅からバスで行く方法
渋川駅前の1番線から、関越交通のバスに乗ります。乗車時間は約13分、運賃は片道480円。バスは30分に1本ほどです。
伊香保の観光センターで聞くと、タクシーなら3,000〜4,000円ほどとのことでした。ひとり旅には少し高いので、私はバスを選びました。
バス停からは25分の上り坂
ここが一番の注意点です。 「木曽神社入口」で降りてから、神社まで約25分、ずっと上り坂が続きます。
道は狭い2車線で、歩道はありません。車の横、道路のすみを歩きます。歩きやすい靴で行ってください。
それでも、歩いてよかった道
25分の坂道は過酷でした。でも、歩いたから見られたものがあります。
坂の途中には、「木曽神社道」と彫られた古い道しるべの石が残っていました。そばには「あくとさかの道しるべ」と書かれた白い柱が立っています。昔の人も、この石を目印に神社へ向かったのでしょう。

もうひとつは、きれいに流れる水です。東京では見られない、自然の水の流れに、心が癒されました。
どちらも、バスやタクシーで通り過ぎたら、きっと気づかなかったと思います。

脇道から入ってしまいました
じつは私は、最後の分かれ道で脇道へ進んでしまい、参道の横から境内に入ってしまいました。
正面の鳥居から参道を通ってお参りしたい方は、最後の分かれ道で道をよく確かめてください。

御朱印はもらえる?
結論から言うと、私が行った月曜日は、御朱印をいただけませんでした。
社務所のような場所は見当たりませんでした。「隣の民家でいただけるらしい」という情報も見ていました。でも、普通のお宅に見えたので、呼び鈴を押す勇気が出ませんでした。
御朱印が目的の方は、行く前に電話で確認するのがいちばん確実です。せっかく坂道を25分歩いたのに、というがっかりを防げます。
湧き水「湧玉」へ行けなかった理由
境内には「湧玉(わくたま)」と呼ばれる湧き水があります。
群馬県の案内板によると、境内と山林の2.4ヘクタールは、昭和54年(1979年)に「木曽三社神社緑地環境保全地域」に指定されています。ケヤキやカヤ、シラカシの大木が茂り、湧玉の流れにそって育つセキショウの群落は、県内でほかに見られない規模だそうです。
ただ、そこへ向かう道は草が深く、10月なのに虫がたくさんいました。虫がとても苦手な私は、その先へ進む勇気が出ませんでした。
あとで案内板を読み直して、納得しました。この一帯は、野鳥やゲンジボタル、カワトンボなどの虫の良い住みかとして守られている場所なのです。虫が多いのは、自然がそのまま残っている証拠でした。
これから行く方へのお願いです。
- 虫よけスプレーを持っていく
- 夏から秋は、長袖・長ズボンで行く
- 草の中を歩ける靴をはく
よく言えば自然豊か、悪く言えば手入れされていない。それが木曽三社神社のありのままの姿でした。
秘境の神社で感じたこと
境内で目に入る色は、グレーと緑と、さびた赤。そして、神紋の垂れ幕の白。それだけでした。参拝者は私ひとり。秘境の神社に迷い込んだようでした。

いられたのは15分ほどです。虫に追われるように境内を出ながら、ふと思いました。
私、木曽陣営に、敵だと思われたのか?
気分は巴御前で行ったのに(笑)。
冗談のようですが、本当にそう感じたのです。「もっとちゃんと勉強してから来なさい」と言われた気がしました。
ほかの神社のように「誰でもいらっしゃい」という空気ではありません。来た人をしっかり見極めている。 そんな格式を感じる神社でした。
木曽義仲の家臣たちがつくった神社
木曽三社神社は、木曽義仲の家臣たちが開いたと伝わる神社です。
義仲は平家を都から追い出した武将です。しかし元暦元年(1184年)、近江の粟津(いまの滋賀県)で、同じ源氏の源義経に討たれました。
渋川市教育委員会の案内板によると、そのあと遺臣の今井・高梨・町田・小野沢・萩原・串渕・諸田らが、この地に神社を開きました。お迎えしたのは、義仲が大切にしていた信濃国筑摩郡の三つの神社、岡田・沙田(いさごだ)・阿礼神社の神様です。だから「三社」なのですね。


「滝の宮」「木曽明神」とも呼ばれてきました。その後は関東管領の上杉氏や、白井城主の長尾氏、歴代の前橋城主にも大切にされます。寛政元年(1789年)に火事にあいましたが、寛政6年(1794年)に建て直されました。
御祭神は、須佐之男命(すさのおのみこと)・彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)・豊玉姫命(とよたまひめのみこと)・宇気母智神(うけもちのかみ)の四柱です。
幕に染められた紋
社殿の白い幕には、源氏ゆかりの紋として知られる「笹竜胆(ささりんどう)」によく似た紋が染められていました。

神社の由来を書いたものが見つからず、この紋を使う理由は確かめられませんでした。それでも私には、意味のある紋に見えました。
義仲は源氏の武将です。その義仲を討ったのも、同じ源氏の義経でした。それでも遺臣たちの神社には、源氏の紋に似た紋が掲げられている。
負けた側の人たちが、生き残った土地で、故郷の神様を祀り続けた場所。 そう思うと、あの静けさにも意味がある気がします。
なぜ、こんな奥深くに
あの坂道を思い出しながら、ふと考えました。
いまの道路は、車が通るので舗装されています。でも当時は、この山道を泥まみれになって登ったはずです。
なぜ、こんな奥深くに神社を築いたのか。
負けた側の人たちが、敵から隠れるように逃げてきて、築いた神社だからではないか。無念の中で、身を守りながら、ここを築き上げたのではないか。
だとしたら、この神社は今も、大勢の人に見つかることを恐れているのかもしれません。 境内で感じた「見極められている」空気は、そういうことだったのかもしれない、と思うのです。
『平家物語』を読むと、義仲の最期はあまりにも無念です。その無念を抱えた人たちが守ってきた神社なら、誰にでも愛想よくできないのも当然かもしれません。
📖 ジュリーのおすすめ
私が平家物語を読んだのは、この本でした。初心者向けで、はじめて平家物語にふれる方の入り口にぴったりです。木曽三社神社へ行く前に読んでおくと、あの静かな境内の見え方が変わると思います。
まとめ:本物が歓迎される神社
木曽三社神社は、気軽に立ち寄れる神社ではありません。
- 渋川駅からバス13分、そこから上り坂を25分
- 御朱印はいただけない日もある
- 湧き水への道は虫が多い
- 参拝者はほとんどいない
それでも、私はこの神社をおすすめします。
本物が歓迎される神社だからです。 義仲と家臣たちの物語を知って、敬意を持って行く人なら、きっと迎えてもらえると思います。
行くなら冬がおすすめです
これから行く方には、冬の参拝をおすすめします。 虫が苦手な方は、特にです。
私も、もう少し勉強して、冬にもう一度行くと決めました。
ただ……「車なしで行ける」がテーマのブログとしては反則ですが、次はタクシーか、誰かに車をお願いしたいです(笑)。あの坂道25分は、それくらいの覚悟がいる道でした。
整えることで、人生は変えられる。
それではみなさま、ごきげんよう。
