【恋愛パワースポット】妻恋神社|金文字御朱印と縁結びの湯島一人旅

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一人旅

皆さまごきげんよう、神話の純愛にきゅんとしてしまう歴史好き看護師のジュリー・ジョリーです。

東京・湯島。湯島天神のにぎわいをあとに、ゆるやかな下り坂をてくてく。坂を左に折れて少し下ると——左手に、見落としてしまいそうなほど静かな鳥居が、ふっと現れます。妻恋神社(つまこいじんじゃ)。

「妻を、恋う」。

……このお名前、聞いてどう思いました? わたしはね、正直ちょっと羨ましかったんです(笑)。こんなにまっすぐ、誰かに恋い慕われるなんて。一人身のわたしには、ちょっと縁遠い響きで……来世こそは!(笑)

でも、笑ってばかりもいられません。この名前の裏には、古事記にも記された、ある夫婦の切なすぎる物語が隠れているんです。御朱印は、思わずため息が出るほど美しい金文字(黒文字も選べます)。じつは今、恋愛のパワースポットとしても静かに注目を集めはじめているお社なんですよ。

「神社めぐりっていいな、でも一人で行くのはちょっと不安……」そんなあなたにこそ、この隠れ家のような小さなお社を、ひとりでめぐる楽しさをお届けしたいなと思います。

▼この記事でわかること

  • 妻恋神社ってどんな神社?(湯島の路地に佇む“関東総司”の隠れ稲荷)
  • 名前の由来になった、日本武尊と弟橘媛のせつない物語
  • 縁結び・恋愛成就のご利益と、レアな金文字の御朱印のいただき方
  • 湯島天神とセットで楽しむ、ひとり神社さんぽコース

妻恋神社ってどんな神社?

派手な看板も、長い参道もありません。妻恋坂の路地に、住宅街へそっと溶け込むように佇む、小さなお社。でも、不思議と頼りなさは感じないんです。私の正直な第一印象は——「住宅街に溶け込んだ、大黒柱」。家の真ん中で静かに屋根を支える、あの太い柱のように、この街をずっと支えてきたような風格がある。

そしてこの直感、当たっていました。慎ましい見た目とは裏腹に、このお社、由緒がとんでもなく立派なんです。

まず、御祭神は三柱。

  • 倉稲魂命(うかのみたまのみこと)……いわゆる「お稲荷さん」
  • 日本武尊(やまとたけるのみこと)
  • 弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)

お気づきでしょうか。お稲荷さんと一緒に、ご夫婦の神さまが並んで祀られているんです。この日本武尊・弟橘媛のお二人こそ、「妻恋」という名前の由来。その切ない物語は、次の章でたっぷりお話ししますね。

そしてこの妻恋神社、江戸時代には「関東総司(かんとうそうじ)」——つまり関東のお稲荷さんの“元締め”を名乗る、たいそうな神社だったんです(諸説あります)。社伝によれば、平安時代に嵯峨天皇の勅命で関東惣社に定められたのだとか。江戸の「稲荷番付」では行司の筆頭に挙げられ、王子稲荷神社と並ぶ二大稲荷として、多くの参拝者でにぎわっていました。日本七稲荷のひとつにも数えられています。

ちょっと笑える小ネタも。この「関東総司」の称号をめぐって、王子稲荷神社と「どっちが本家だ!」ともめたことがあって、妻恋神社はお上に訴え出て、なんと勝訴しているんです。小さなお社の、譲れないプライド。なんだか応援したくなりませんか(笑)。

今でこそ湯島天神と神田明神という二大スターに挟まれて、すっかり静かな存在。でも私は、この“静けさ”こそが妻恋神社の魅力だと思っています。誰にも急かされず、神さまとゆっくり向き合える。おひとりさま参拝に、これ以上ない隠れ家なんです。

「妻恋」の名は、ある夫婦の物語から

ここからが、私がいちばんお伝えしたかったお話です。少し長くなりますが、どうかお付き合いください。

物語の主役は、御祭神の日本武尊(やまとたけるのみこと)。古事記では「倭建命」、お后の弟橘媛命は「弟橘比売命」と表記されます。日本武尊は、父・景行天皇の命で西へ東へと果てしない遠征を続けた、伝説の英雄。けれどその人生は、華やかというより、どこか孤独で切ないんです。

舞台は、東征のさなか。尊の一行が、相模(今の神奈川)から上総(今の千葉)へと、走水(はしりみず)の海——現在の浦賀水道を渡ろうとしたときのことでした。突然、海が荒れ狂い、波が船を翻弄して、どうしても前に進めない。海の神の怒りです。

このとき、すっと前に出たのが、弟橘媛命でした。

「私が御子(みこ)の身代わりに、海へ入りましょう。あなたは、果たすべきお役目を果たして、都へお帰りください」

そう言って、媛は波の上に菅(すげ)・皮・絹の畳を幾重にも敷き、その上から、自ら海へと身を沈めていったのです。夫を、そして夫の使命を守るために。

海へ降りる、まさにそのとき。媛が詠んだ歌が、古事記に残されています。

さねさし 相模(さがむ)の小野に 燃ゆる火の 火中(ほなか)に立ちて 問ひし君はも

——相模の野で火に囲まれたあのとき、燃えさかる炎の中から、私の身を案じて名を呼んでくださった、あなた。

この少し前、尊は相模で火攻めに遭い、命を落としかけていました。その火の中で、尊は媛を気づかい、名を呼んだ。媛は最期の瞬間に、その夫の優しさを思い出していたんです。恨みでも嘆きでもなく、感謝とまっすぐな愛だけを歌に残して、海へ。……正直、私には、とても真似できません。あれほどの覚悟を、わかったつもりになるのも、おこがましい。ただ静かに、頭を垂れるばかりです。

媛が入水すると、荒れた海は嘘のように凪ぎ、船は無事に進みました。七日後、媛の櫛が海辺に流れ着き、尊はその櫛を納めてお墓を作ったといいます。

そして東国の平定を終えた帰り道。足柄(あしがら)の坂の上に立った尊は、東の空を見つめて、三度、嘆いたと伝えられます。

「あづまはや」——ああ、我が妻よ。

この尊の嘆きが、東国を「あづま(東・吾妻)」と呼ぶ地名の由来になった、とされています(嘆いた場所は、日本書紀では碓氷峠とするなど諸説あり。古事記では足柄です)。

——さて、ようやく湯島に戻ってきます。東征の途中、尊はこの湯島の地にしばらく滞在したと伝わります。亡き妻をいつまでも恋い慕う尊の姿に、土地の人々は心を打たれ、尊と媛、ご夫婦をお祀りした。それがこの神社の起こりであり、「妻を恋う」=妻恋神社という名前の由来なのです(諸説あります)。

①で私、この名前を「羨ましい」なんて笑い飛ばしましたよね。でも由来を知ったあとでは、もう軽口は叩けません。これは、命をかけて夫を守った妻と、その妻を生涯忘れられなかった夫の、これ以上ないほど真っ直ぐな愛の名前だったんです。

この日本武尊と弟橘媛の物語に、もっと浸りたくなった方へ。私が古事記の入り口にしているのが、竹田恒泰さんの『現代語古事記』です。古文が苦手でも現代語ですらすら読めて、神話がぐっと身近になります。参拝の前に読んでおくと、妻恋神社で見える景色が、何倍にも深くなりますよ。


古事記は面白い。わたしのおすすめ『現代語古事記』(竹田恒泰)の第2版が8月27日に発売予定。

ご利益と御朱印——金文字のしあわせ

③であんなに切ない夫婦の物語をご紹介しました。だからこそ、なんです。妻恋神社のご利益は、縁結び・恋愛成就・夫婦円満。命をかけて夫を守った弟橘媛と、その妻を生涯忘れなかった日本武尊。このご夫婦の神さまが寄り添って祀られているお社なんですから、そりゃあ恋の願いも届くはずですよね。

ご夫婦やカップルはもちろん、「最近ちょっと夫がそっけなくて……」とこっそりおひとりで訪れるご婦人もいるのだとか(笑)。私のような「来世こそは!」のひとり身が、ちゃっかりお願いしてもいいんです。神さまは、誰のことも追い返したりしません。

さて、お待たせしました、御朱印です。妻恋神社の御朱印は、なんと4種類。

  • 通常(黒文字)
  • 金文字
  • 吉夢(よいゆめ)宝船
  • 七福神

金文字御朱印 妻恋神社

初穂料は500円〜。私がいただいたのは、もちろん金文字です。墨ではなく金で社名が流れるように書かれていて……これがいつか自分でも書けるようになりたい、憧れのお手本なんです。

ここで②でお預けにした「夢枕」を回収しますね。この「吉夢」という御朱印、実は江戸の人気授与品「夢枕」が由来。正月二日の夜に枕の下へ敷くと良い初夢が見られるというお札で、版木は戦災で焼けたと思われていたのに昭和52年に発見され、今も受け継がれています。御朱印の名前ひとつにも、ちゃんと物語がある。

御朱印をいただくときの注意
社務所は基本的に無人で、直書きはタイミング次第(土曜の11〜15時が目安)。確実に欲しい方には郵送授与もあります。2月と9月の「ねこまつりat湯島」では限定御朱印が出ることも。おでかけ前に公式サイトのご確認を。

そして実は、私が参拝したのは日曜日。「今日は無人かな」と半ば諦めていたら、社務所が開いていたんです。御朱印帳を預けると、奥へ持っていって、あの金文字を直書きしてくださいました。書き置きでも十分ありがたいのに、自分の帳面に金の筆を入れてもらえるなんて。縁結びの神様に、そっと背中を押してもらえたみたい。……ね、やっぱり応援されてるでしょう?(笑)

湯島天神から、“縁”をたどって

私が妻恋神社を訪れたのは、ある日曜日。出発は、すぐ近くの湯島天神からでした。①でも触れたとおり、にぎわう天神様をあとに、ゆるやかな下り坂をてくてく。坂を左に折れて少し下ると——左手に、あの静かな鳥居がふっと現れます。

妻恋神社鳥居

境内はこぢんまり。けれど奥には妻恋稲荷の朱塗りの鳥居が連なり、小さいながらもキリッとした空気が流れています。さっきまでの人混みが嘘みたいな静けさ。おひとりさまには、この“余白”がありがたいんです。

妻恋神社拝殿

ところで、出発点の湯島天神に、こんな石があるのをご存じですか。その名も「奇縁氷人石(きえんひょうじんせき)」。

江戸時代、湯島天神は江戸有数の盛り場で、大勢の人でにぎわいました。すると増えるのが、迷子やはぐれた人。そこでこの石が、今でいう“伝言板”の役割を果たしたんです。右側「たつぬるかた(尋ねる人)」に探している人の名前を、左側「をしふるかた(教える人)」に「こんな人を見かけましたよ」というお知らせを貼る。石を挟んで、探す人と知らせる人がつながる仕組みでした。

そして、その名前。「氷人(ひょうじん)」とは、古い言葉で“仲人(なこうど)”、縁結びの神さまを指す言葉でもあるんです。つまりこの石は、迷子探しだけでなく、人と人の「奇(あや)しき縁」をそっと取り持ってきた、いわば江戸の縁結びスポット。

神話の夫婦愛から生まれた妻恋神社と、人の縁を結んできた奇縁氷人石。湯島は、“縁”の物語が静かに重なる土地なんです。ひとりで歩いていても、なんだか良いご縁に出会えそう……そんな気がしてきませんか。

湯島天神そのものは、こちらの記事でたっぷりご紹介しています。あわせてどうぞ。

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アクセスと、湯島“縁さんぽ”のすすめ

妻恋神社は、東京都文京区湯島3-2-6。東京メトロ千代田線「湯島」駅、または御茶ノ水駅(聖橋口)から徒歩10分ほど。大通りから一本入った妻恋坂沿いなので少し見つけにくいですが、地図を頼りに歩けば、坂の途中にひっそりと鳥居が現れます。専用駐車場はありません。

おすすめは「湯島天神 → 妻恋神社 → 神田明神」のセット参拝。三社とも徒歩圏で、氏子地域もお隣どうし。学問の湯島天神、神話の縁の妻恋神社、江戸総鎮守の神田明神を、半日でゆったりめぐれます。さらに湯島から一駅北へ延ばせば、根津神社や谷根千も。湯島は、南へも北へも“神社さんぽ”が広がる起点なんです。

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ちなみにコースの途中には、「みじんこ」「サカノウエカフェ」という行列必至の名店も。かき氷やホットケーキの誘惑は……すみません、語り出すと止まらないので、また別の記事でじっくり(笑)。

最後に持ち物をひとつ。ひとり神社さんぽは、地図に御朱印に写真にと、意外なほどスマホを使います。電池切れだけは避けたいので、私の相棒はモバイルバッテリー。軽くてバッグに放り込んでおける、安心料です。


エレコム|モバイルバッテリー:急速充電、2回可能。薄くてかさばらない。私の相棒。

おわりに

路地裏の、小さなお社。でも、名前の由来を知ってから手を合わせると、見える景色がまるで違ってきます。これが、私が「歴史を知ってから参拝する」のが好きな理由です。

命をかけて夫を守った弟橘媛と、妻を生涯忘れなかった日本武尊。そんな真っ直ぐな愛が宿る妻恋神社で、私はなんだか、自分の心まで少し整った気がしました。ひとりで歩いても、良いご縁は、ちゃんとすぐそばにある。

来世こそは……なんて言いながら(笑)、今日もひとり、機嫌よく参拝してきます。

整えることで、人生は変えられる。

それではみなさま、ごきげんよう。

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