皆さまごきげんよう、御朱印にときめくジュリー・ジョリーです。
前回、浅草名所七福神めぐりの前半3社(今戸神社・浅草神社・浅草寺)を歩いたお話を書きました。今回はその続き、矢先稲荷神社・鷲神社・吉原神社の3社です。

車の運転免許を持たないわたしの移動手段は、電車とバスと自分の足だけ。それでも、ちゃんと回れました。しかも100円のコミュニティバスに揺られながら、下町の景色まで楽しめてしまうという、ちょっと得した気分の一日でした。
雨の日に鳥居をくぐったら日が差した話も、Googleマップを見ているのに迷子になった話も、正直に書いていきますね。

📖 この記事でわかること
- 浅草名所七福神めぐり中盤3社(矢先稲荷・鷲神社・吉原神社)の見どころ
- 車なし・電車+100円バス「めぐりん」で回る具体的なルート
- 鷲神社「なでおかめ」の正しい撫で方とご利益
- 方向音痴でも大丈夫な、迷ったときの立て直し方
- 午年の今年こそ矢先稲荷神社へ行くべき理由
前回のおさらいと、今回のルート全体像
七福神なのに「九社寺」という不思議
浅草名所七福神は、名前は七福神なのに、めぐる先は九か所あります。
なぜ二か所多いのか。これは「九は数の極み」という考え方に由来していて、天と地の間で最も大きな陽の数が九である、という中国の思想からきているそうです(諸説あります)。
そのため、福禄寿と寿老人だけが二社ずつあるんですね。
わたしは前回、今戸神社で福禄寿にご挨拶しました。そして今回また、矢先稲荷神社で福禄寿にお会いすることになります。同じ神様に二度お会いする——なんだか不思議で、でもちょっと嬉しい感じがしませんか。
| 今回めぐった3社 | 七福神 |
|---|---|
| 矢先稲荷神社 | 福禄寿 |
| 鷲神社 | 寿老人 |
| 吉原神社 | 弁財天 |
これで前回と合わせて6社。残る3社は次回に持ち越しです。
実際に歩いたルート

この日の移動はこんな流れでした。
- 銀座線・田原町駅で下車
- 徒歩で矢先稲荷神社へ
- 徒歩でバス停「23番・松が谷」へ移動し、南めぐりん(100円)に乗車
- 「台東病院」で下車、鷲神社へ
- 徒歩5分で吉原神社へ
- 台東病院前から南めぐりんで上野駅へ(約16分)
途中、東本願寺の場所も確認できました。ここは七福神には含まれないのですが、盆踊りが有名で、わたしも参加してみたいと思っている場所です。「あ、ここか」と場所がつかめただけでも収穫でした。
「めぐりん」に乗るときの注意点
台東区のコミュニティバス「めぐりん」は、全路線100円(交通系ICカードも使えます)。一日乗車券なら300円で乗り放題です。
ただし、ここで大事なポイントがひとつ。
めぐりんは5路線あります。 北めぐりん(浅草回り)、北めぐりん(根岸回り)、南めぐりん、東西めぐりん、ぐるーりめぐりん。それぞれ走るルートも運行間隔も違うんです。
わたしが乗った南めぐりんは平日で約20分間隔。でも路線によっては10分間隔だったり、30分空いたりします。土休日はさらに間隔が広がります。
つまり、バス停に着いてから「どの路線が来るのか」を確認するのでは遅いということ。バス停の表示をよく見て、自分が乗るべき路線名を先に確認してください。同じ「めぐりん」でも、違う方向へ連れて行かれてしまいます。
わたしは事前にルートを調べていったので迷いませんでしたが、これは車を持たない旅人の必須スキルだと思っています。
矢先稲荷神社(福禄寿)— 鳥居をくぐったら、雨が上がった
歓迎されている、と思った瞬間

この日は、朝から雨でした。
傘をさして、かっぱ橋道具街を抜けて、地図を見ながら矢先稲荷神社へ。ちなみにかっぱ橋道具街、体感で9割が外国人観光客でした。日本の調理道具の人気、すごいです。
正直、「雨の日に来てしまったなあ」という気持ちが少しだけありました。
ところが。
鳥居をくぐった瞬間、雨が上がったんです。
しかも雲が切れて、境内に日が降り注ぎました。これは、もしや、神社好きの思い込み、、、
歓迎されたのかな、なんて。笑
科学的には、ただの天気の変わり目です。それはわかっています。でも神社って、そういう「自分だけのちいさな物語」を持ち帰らせてくれる場所だと思うんですよね。誰に話しても「ふうん」で終わるかもしれないけれど、自分にとっては忘れられない一場面になる。
ひとり旅のいいところは、その瞬間を誰にも邪魔されずに味わえることかもしれません。
境内は空いていて、静かでした。
「矢先」という名前の由来がおもしろい
矢先稲荷神社の創建は、寛永19年(1642年)。
由来がちょっと変わっています。三代将軍・徳川家光が、京都の三十三間堂にならって「浅草三十三間堂」を建てました。その守護神としてお稲荷さまを祀ったのが、この神社のはじまりです。
では、なぜ「矢先」なのか。
三十三間堂といえば「通し矢」です。長い廊下の端から端へ、ひたすら矢を射る——武士たちの腕試しの場でした。
その的のさらに向こう側にあったのが、この神社。
つまり「矢が飛んでいく、その先」。だから矢先稲荷神社。
なんだかスポーツの練習場の裏手にある神社、みたいな成り立ちですよね。武士たちが必死に弓を引いている、その延長線上で静かに見守っていた——そう思うと、江戸時代の空気が急に身近になりませんか。
【わたしの失敗】天井を見上げるのを忘れました
そしてここで、正直な告白をさせてください。
この神社の最大の見どころは、拝殿の天井なんです。
格天井にびっしりと、100枚の絵が奉納されています。テーマは「日本馬乗史」。神武天皇の御世から、日本人と馬がどう歩んできたかを絵で辿れるようになっている——歴史好きが泣いて喜ぶやつです。
……なのに、わたし、見上げるのを忘れて帰ってきました。
雨が上がった感動で頭がいっぱいで、お参りして、御朱印をいただいて、はい次へ。完全に見落としです。帰ってから気づいて、正直かなり悔しいです。
でも、これを書いておく意味があると思っています。
神社って、知らないと見えないんですよね。「天井に何かある」と知っていれば必ず見上げる。知らなければ、目の前にあっても素通りしてしまう。事前に少し調べておくだけで、同じ参拝の密度がまったく変わります。
通し矢の神社に、馬の絵。武の歴史がここに凝縮されている——そう思って見上げれば、きっと足が止まるはずです。
だからどうか、皆さまは上を向いてください。 わたしの分まで、じっくり眺めてきてほしいのです。
午年の今年こそ、あの天井を見上げてほしい
そして、この記事を書きながら調べていて、さらに悔しくなったことがあります。
2026年は、午年です。
しかも今年は丙午(ひのえうま)。干支の組み合わせは60年で一巡するので、60年に一度しか巡ってこない年にあたります。
そんな年に、日本人と馬の歴史を描いた100枚の天井画がある神社へお参りして——見上げずに帰ってきた。
もう、なんと言えばいいのでしょう。笑うしかありません。
でも逆に言えば、今年ほど矢先稲荷神社にふさわしいタイミングはないということです。
午年の年に、神武天皇の御世から続く「日本馬乗史」を見上げる。100枚の絵の中で、武士たちが馬を駆り、流鏑馬の矢が放たれ、時代がゆっくりと移り変わっていく。それを自分の目で辿る——想像するだけで、鳥肌が立ちます。
干支にちなんだ参拝って、日本人が昔から大切にしてきた「めぐりの感覚」だと思うんです。時間は直線ではなく、ぐるりと巡って戻ってくる。60年に一度だけ重なるこの年に、この神社を訪ねる意味は、きっとある。
というわけで、わたしは近いうちに必ずリベンジします。
御朱印
御朱印は直筆で書いていただけました。丁寧に筆を運んでくださる時間が、わたしはとても好きです。いつか自分も御朱印を書く人になりたい——そんな夢を、あらためて思い出した時間でした。
鷲神社(寿老人)— 酉の市が生まれた場所
台東病院前で降りて、すぐそこ

矢先稲荷神社から徒歩でバス停「23番・松が谷」へ。南めぐりんに乗って、「台東病院」で下車。ここから鷲神社まではすぐです。
100円で移動できて、しかも窓の外は下町の風景。これだけで少し旅気分になれるのが、めぐりんのいいところです。
こちらも境内は空いていて、静かにお参りできました。
11月になると、日本中の熊手がここから始まった
鷲神社は「おとりさま」の愛称で親しまれる神社で、酉の市発祥の地です。
酉の市——11月の酉の日に、縁起物の熊手を買い求める人でにぎわう、あのお祭り。全国あちこちで開かれていますが、そのはじまりがここなんです。
なぜ熊手なのか。理由が可愛いんですよ。
熊手は落ち葉を「掻き込む」道具ですよね。そこから「幸せを掻き込む」「福を掻き寄せる」という縁起物になりました。ダジャレといえばダジャレなのですが、江戸っ子のこういう発想、わたしは大好きです。
日本武尊が、熊手をかけて勝利を祝った日
ご祭神は天日鷲命と日本武尊。
由来はこう伝わっています。日本武尊が東国遠征に向かうとき、この地で戦勝を祈願しました。そして無事に凱旋したあと、お礼として社前に熊手をかけて勝利を祝った——その日が、11月の酉の日だったのです(諸説あります)。
だから11月の酉の日が、この神社のお祭りの日になりました。
つまり、いま全国で売られている熊手はすべて、遠征から帰ってきた日本武尊が「ただいま、勝ちました」と報告したときの熊手にさかのぼる、ということ。
そう思うと、次に酉の市の熊手を見る目が変わりませんか。わたしは完全に変わりました。
「なでおかめ」の前で、わたしは固まりました

社殿の賽銭箱の上に、大きなおかめの顔が置かれています。これが有名な「なでおかめ」。江戸中期から伝わるもので、平成22年から参拝者が撫でられる位置に移されました。
さあ撫でよう——と思って、はたと止まりました。
お作法が、わからない。
二礼二拍手一礼の前に撫でるのか、後なのか。そもそもいきなり触っていいものなのか。
こういうとき、いつもなら前を歩く人の動きを見て真似をします。でもこの日は境内が空いていて、前に人がいない。後ろにも来ない。神職さんとも行き合わない。
完全なリサーチ不足です。
神様に失礼があってはいけない。そう思い、結局わたしは撫でませんでした。
代わりに、ひたすら眺めました。ふっくらした頬、細い目、穏やかな口元。「ずっと見てるなあ、この人」と思われていたかもしれません。そして正面から撮るのも憚られたので、斜めから写真を撮らせていただきました。
「次回までの、お勉強にします」
そう心の中でつぶやいて、その場を離れました。
しかも、です。御朱印をいただくときに社務所で聞こう、と思っていたんです。ところがちょうど後ろに一名並ばれてしまって、質問するタイミングを完全に逃しました。
その方の行動を見ておけばよかった……。悔しさが二段構えです。
【調べました】なでおかめの正しい撫で方
というわけで、帰ってから公式サイトで確認しました。皆さまは迷わないでくださいね。
順番は、お参りが先です。
- お賽銭を入れる
- 二礼二拍手一礼でお参りする
- そのあとで、気になる場所をじっくり撫でる
そしてここからが楽しいところ。撫でる場所によって、いただけるご利益が違います。
| 撫でる場所 | ご利益 |
|---|---|
| おでこ | 賢くなる |
| 目 | 先見の明が効く |
| 鼻 | 金運がつく |
| 向かって右の頬 | 恋愛成就 |
| 左の頬 | 健康になる |
| 口 | 災いを防ぐ |
| 顎から時計回り | 物事が丸く収まる |
「顎から時計回りに一周」——これ、いちばん欲張りで、いちばん素敵だと思いませんか。物事が丸く収まる。人生に必要なのは、案外これだけかもしれません。
わたしは次回、間違いなく顎から時計回りに撫でます。そのあと、鼻を念入りに。笑
迷ったときは、どうすればいいのか
今回わたしが学んだのは、こういうことです。
わからないときは、無理に触らない。 これは失礼ではなく、むしろ敬意です。神様は「知らずに間違えた人」より「わからないから慎重にした人」を、きっと責めたりしません。
そして帰ってから調べて、次に活かす。 それでいいんです。
今回の「撫でられなかった経験」も、こうして記事にできたのだから、無駄ではなかったと思っています。リベンジマッチ、決定です。
樋口一葉が描いた町
この一帯は、樋口一葉の『たけくらべ』の舞台でもあります。
一葉のほか、正岡子規、岡本かの子、久保田万太郎といった文人たちが、この鷲神社と酉の市を作品に書き残しました。
つまりここは、江戸から明治の「日常の風景」がそのまま文学になった場所。参道に立って、当時の人混みと熊手売りの声を想像してみると、なんだか胸がいっぱいになります。
御朱印は、こちらも直筆でいただけました。
吉原神社(弁財天)— 迷子になって、たどり着いた場所
徒歩5分の道で、方向音痴が炸裂しました
鷲神社から吉原神社までは、徒歩5分ほど。
ただし、一直線ではありません。 神社の裏手をぐるっと回り込んでいくような道のりで、まっすぐ向かえないぶん、方向感覚が狂いやすいのです。
Googleマップも開いています。文明の利器です。
それでも、迷いました。
わたし、方向音痴なんです。しかも自覚のあるタイプ。地図を見ながら、なぜか青い矢印と逆方向へ進んでいく。あるあるだと思うのですが、いかがでしょう。
ただ、ここでちょっとだけ自慢をさせてください。立て直しは早いです。
「あ、これ違うわ」と気づくまでの時間が、旅を重ねるうちにどんどん短くなりました。昔は10分歩いてから気づいていたのが、今は1分で気づきます。
コツはシンプルで、こうです。
- 自分は方向音痴だと最初から認めておく(過信しない)
- 曲がったらすぐに地図で現在地を確認する
- 矢印が思った方向に動かなかったら、その場で立ち止まって振り返る
- 焦らない。5分の道なら、迷っても10分
「ひとりだから困る」とは、思っていません
こう書くと「ひとり旅は誰も助けてくれなくて大変そう」と思われるかもしれません。
でもわたしは、まったくそう思っていないんです。
迷ったら、誰かに聞けばいい。道を尋ねたときの、その土地の人のちょっとした親切や、思いがけない世間話。それがその旅のいちばんの思い出になること、けっこうあります。「あのとき道を教えてくれたおじさん」を、何年も覚えていたりする。
そして聞かずに、自分で地図をにらんで解決できたときは——それはそれで、ちゃんと成長です。
どちらに転んでも、悪いことがない。
結局、自分が自分を助けます。
これはひとり旅を続けてきて、いちばん腑に落ちた感覚です。誰かが助けてくれることもある、けれど最終的に立て直すのは自分。そしてわたしは、自分が自分を助けられることを、もう知っている。
だから迷っても、こわくないんです。
「ひとりで行くのは不安」と思っている方に、いちばん伝えたいのはここかもしれません。不安がなくなるのではなく、迷っても大丈夫な自分になっていく。 ひとり旅って、そういうものだと思います。
そして迷った道で見た知らない路地の景色が、けっこう好きだったりするんですよね。結果オーライです。
吉原の土地を、まとめて守る神様
吉原神社のご祭神は、弁財天。浅草名所七福神の弁財天は、ここ一社だけです。
創建は明治5年(1872年)。もともと吉原の一帯に祀られていた複数のお稲荷さまと、この土地の地主神をひとつに合わせてお祀りしたのが始まりです。
つまりこの神社は、この土地に生きた人たちの祈りを、まとめて引き受けた場所なんです。
境内は静かで、この日も空いていました。弁財天は芸事や財の神様であり、縁を結ぶ神様でもあります。御朱印には蛇が描かれていて、これは弁財天の使いとされる存在です。もちろん直筆でいただけました。
拝殿の裏に、江戸絵巻がありました

そして、ここが今回いちばん「見てほしい」とお伝えしたい場所です。
拝殿の数メートル裏に、宝庫のような建物があります。そのシャッターに、江戸絵巻のような絵が描かれているんです。
これが、本当に美しい。
にぎわう江戸の町、行き交う人々、季節の風物——絵巻物がそのまま壁面に広がっているような光景で、わたしはしばらく動けませんでした。見惚れる、というのはこういうことかと思いました。
参拝を終えたら、そのまま帰らずに、ぜひ拝殿の裏へ回ってみてください。 数メートル歩くだけです。それだけで、この神社の印象がまるごと変わります。
(※シャッターなので、開いている時間帯には見られない可能性があります。ご了承ください)
バスの時刻に負けて、行けなかった場所
もうひとつ、正直に書いておきます。
吉原神社から約150メートル離れた場所に、「吉原弁財天本宮」というお宮があります。平成24年(2012年)の改修時に、東京藝術大学や武蔵野美術大学の学生・卒業生の手で壁画や欄間彫刻が制作された、鮮やかな場所だそうです。
そしてここには、大正12年(1923年)の関東大震災にまつわる歴史が刻まれています。火の手から逃れようとして池に逃げ込み、命を落とした多くの方々がいました。その慰霊のために、大正15年に観音像が建立されています。
わたしは、行けませんでした。
理由は単純で、バスの時刻です。
めぐりんは20分間隔。次の便を逃すと、帰りの予定が全部ずれる。150メートル先まで往復してお参りする時間を計算して——間に合わないと判断しました。
車がないひとり旅の、いちばん現実的な壁がここです。行きたい気持ちより、時刻表が強い。
でも、これも旅だと思っています。全部は回れません。 回れなかった場所があるから、また来る理由ができる。
次に来るときは、本宮を最初に組み込んだ順路にします。手を合わせて、ゆっくり歩いてきます。
歴史を知ることは、供養の一つの形だとわたしは思っています。この土地で生きた人がいて、悲しいことが起きて、それでも町は続いてきた。それを知ったうえでお参りすると、手を合わせる意味が変わります。
そして——今日わたしが、雨に降られながらも自由にひとりで歩き、好きな神社をめぐって、好きな御朱印をいただけていること。それがどれだけ恵まれたことか、あらためて胸に落ちました。
歴史を知ると、今の幸せの輪郭がはっきりします。 わたしが歴史を好きな理由は、たぶんここにあります。
📜 ジュリーのおすすめ
吉原の歴史は、参拝の前に少しだけ知っておくと手の合わせ方が変わります。江戸の暮らしと女性たちを扱った一冊をどうぞ。
帰り道は、バスの窓が観光席になる
台東病院前から、上野駅へ
3社を回り終えて、帰りは台東病院前のバス停から南めぐりんに乗りました。
上野駅まで、約16分。運賃は100円です。
そして、この16分がよかったんです。
電車なら地下を走って、景色は何も見えません。でもバスは違います。下町の町並みが、ずっと窓の外を流れていく。
古い商店のシャッター、路地の奥に見える住宅、自転車で行き交う人。観光地の顔ではない、そこで暮らしている人たちの台東区が見えます。
わたしはこれを、勝手に「バス観光」と呼んでいます。100円で16分間の車窓観光。こんなに贅沢なものはありません。
車の免許を持っていないことを、ときどき不便だと思うこともあります。でもこういう時間に出会うと、運転していたら絶対に見られなかった景色だなと思うんです。ハンドルを握っていたら私、きっと緊張で窓の外なんて見ていられませんから。
持たないから、見えるものがある。 ひとり旅を続けていると、そう思う瞬間がたびたびあります。
夏の参拝は、水分がすべてです
ひとつ実用的な話を。
夏の神社めぐりは、とにかく暑いです。
境内は木陰があって涼しいのですが、社寺から社寺への移動が問題です。日陰のない道を歩き、バスを待ち、また歩く。気づいたときには汗だくで、頭がぼーっとしてきます。
自動販売機やコンビニはありますが、参拝のたびに買っていると、お財布にも荷物にも響きます。
わたしが手放せないのが、コンパクトなタンブラーです。
- 家で作った麦茶や冷たいお茶を持ち歩ける
- 保冷が効くので、午後まで冷たいまま
- 飲み終われば小さく畳めるタイプなら、荷物にならない
- ペットボトルを買う回数が減って、節約にもなる
節約重視のひとり旅とは、実は相性が抜群なんです。
御朱印帳、折りたたみ傘、タンブラー。この3つが、わたしの夏の参拝セットです。
上野でごはん。ここで一日が完成します
そして上野駅に着いたら、最後のお楽しみ。
三井ガーデンホテル上野の1階にあるレストラン「キャンティ」でお食事をしました。
一日歩き回って、汗をかいて、少し疲れた体に、きちんとしたお食事がしみます。
ひとり旅の食事って、遠慮しがちになりませんか。「ひとりだし、軽くていいか」と、駅の立ち食いで済ませてしまう。わたしにもそういう時期がありました。
でも今は違います。歩いた自分に、ちゃんとごちそうする。
これが、わたしのひとり旅の締めの作法です。誰かと分け合う必要も、話を合わせる必要もない。ただ静かに、今日見てきたものを反芻しながら食べる時間。
雨が上がった鳥居のこと。熊手の由来のこと。裏に回って見つけた江戸絵巻のこと。
これで、3社めぐりが完成しました。
🍽 ジュリーのおすすめ
遠方から浅草名所七福神をめぐるなら、上野に宿を取ると動きやすいです。上野駅はめぐりんの起点でもあるので、翌日の参拝もラクになりますよ。
車なしで浅草名所七福神を回るコツ

最後に、今回学んだことをまとめます。
移動のまとめ
| 区間 | 手段 | ポイント |
|---|---|---|
| 都心 → 田原町駅 | 銀座線 | 矢先稲荷神社まで徒歩 |
| 松が谷(23番) → 台東病院 | 南めぐりん(100円) | 平日約20分間隔 |
| 台東病院 → 鷲神社 | 徒歩 | すぐ |
| 鷲神社 → 吉原神社 | 徒歩5分 | 一直線ではなく回り込む道 |
| 台東病院前 → 上野駅 | 南めぐりん(約16分) | 下町の車窓観光つき |
覚えておきたい5つのこと
- めぐりんは5路線ある — バス停で「どの路線が来るか」を必ず確認。全路線100円、一日乗車券は300円
- 運行間隔は路線・曜日で違う — 平日と土休日で変わります。時刻を先に押さえると計画が崩れません
- 見どころは事前に調べておく — 知らないと、目の前にあっても素通りします(実証済み)
- お作法も先に調べておく — 現地で人に聞けるとは限りません
- 全部は回れなくていい — 時刻表に負ける日もあります。それも旅です
わたしの宿題は3つ
正直に告白した3つを、あらためて。
- 矢先稲荷神社の天井画100枚 — 午年の今年のうちに、必ず見上げます
- 鷲神社のなでおかめ — 二礼二拍手一礼のあと、顎から時計回りに
- 吉原弁財天本宮 — 次はバスの時刻を先に組み立てて
同じ場所に二度行くのは、決して非効率ではありません。一度目に見えなかったものが、二度目には見える。 知識が増えたぶんだけ、同じ境内が違って見えるんです。
次回、残りの3社へ
これで6社。残るは待乳山聖天(毘沙門天)・橋場不動尊(布袋尊)・石浜神社(寿老人)の3社です。
次は「ぐるーりめぐりん」に乗る予定です。この路線、住宅街の中を走るんですよ。観光地の顔ではない、生活の場としての台東区を見られるのが楽しみで仕方ありません。
また、下町観光気分でのんびり行ってきます。
おわりに
車の免許がなくても、方向音痴でも、お作法を知らなくても。
行けます。回れます。そして、ちゃんと楽しいです。
見落としても、撫でられなくても、時間切れになっても——それは失敗ではなくて、次に行く理由になるだけでした。
完璧に回ろうとしなくていい。迷ったら、聞けばいい。聞けなかったら、自分で立て直せばいい。
自分が自分を助けます。 それができるようになることが、ひとり旅のいちばんの収穫だと、わたしは思っています。
「ひとりは不安」と思っている方へ。まずは近くの神社から、一社だけでいいんです。
整えることで、人生は変えられる。
それではみなさま、ごきげんよう。
