皆さまごきげんよう、盆踊りには本気で挑む歴史好き看護師のジュリージョリーです。
夏の終わり、台東区根岸の「御行の松不動尊」の盆踊りに、ひとりで行ってきました。東京の盆踊りにひとりで参加したまとめ記事でも少しだけご紹介した場所ですが、今回は一本の記事にしました。
というのも、ここはただの「町の盆踊り」ではなかったからです。歌川広重が描いた松の前で踊り、しかも台東区と荒川区の境で、ふたつの区の人がいっしょに輪になっていました。
この記事でわかること
・御行の松不動尊の盆踊りの雰囲気と、ひとりでも入りやすいか
・広重も描いた「御行の松」が、350年生きて今は4代目になるまでの物語
・台東区と荒川区の境で、ふたつの区の子どもが同じ松を校歌で歌っているお話
・鶯谷駅・入谷駅からの行き方
小さな盆踊りなのに、本格的な太鼓が鳴っていた
2026年8月30日、日曜日の夜。鶯谷駅を出て、根岸の住宅街を歩きました。地図では徒歩10分ほどですが、歩くのが速い私は10分かからずに着きました。
会場は、御行の松不動尊の前の道路です。大きな公園や広場ではありません。町内の人が集まる、小さな盆踊りです。
ところが、鳴っていた太鼓が本格的でした。叩いていたのは「元三島神社五神太鼓」のみなさん。同じ根岸にある元三島神社の太鼓です。町の盆踊りでよくある録音の音頭に、本物の太鼓が重なります。これだけで、盆踊りの空気がぐっと引きしまるんですよね。
「小さな盆踊り」と「本格的な太鼓」。この組み合わせ、みなさんはどう思いますか? 私は、この町の人たちがこの夜をどれだけ大事にしているかが伝わってくる気がしました。
そしてこの太鼓には、最後にもうひとつ見せ場があったのですが……それはのちほど。まずは、この盆踊りの主役ともいえる「松」のお話からさせてください。
広重が描いた「御行の松」の前で踊る
踊りの輪のすぐそばに、一本の松が立っています。これが「御行の松」です。
この松の一生を、少しだけ想像してみてください。
江戸時代、この松は根岸の里でいちばん有名な木でした。高さは13メートルを超え、遠くからでもわかる大きな松。江戸の人たちはわざわざ見物に来て、『江戸名所図会』にも描かれ、歌川広重は江戸の名所を描いた絵本『絵本江戸土産』に「根岸御行の松」として描いています。
「御行の松」という名前の由来は、上野・寛永寺の輪王寺宮がこの松の下で修行したから、などと言われています(諸説あります)。
明治になると、近くの根岸に住んだ正岡子規が俳句に詠み、樋口一葉は作品「琴の音」に登場させました。350年近く、この松は根岸の町と、そこに生きる人たちをずっと見下ろしてきたんですね。
1925年には天然記念物に指定されます。ところがそのわずか3年後、昭和3年(1928年)の夏に枯れてしまいました。樹齢はおよそ350年でした。
町の人たちは、あきらめませんでした。1956年に2代目を植えますが、すぐに枯れてしまいます。1976年に3代目。そして2018年4月、今の4代目が植えられました。
枯れても、また植える。何度でも植え継ぐ。そこには、地元に愛され、大切にされ、「何としても、ここの歴史を途絶えさせない」という町の人たちの意気込みが感じられて、胸が熱くなりました。
その松の前で、今年も盆踊りの輪ができる。広重が描いた風景の中で踊っていると思うと、なんだか江戸の人たちといっしょに踊っているような気持ちになりませんか?
櫓は小さく、踊りの輪は道路に

盆踊りといえば、広場の真ん中に大きな櫓が立っている姿を思い浮かべる方も多いと思います。
御行の松不動尊の盆踊りは、少しちがいます。踊りの輪ができるのは、お不動さまの前の道路。境内には出店が並んでいて、にぎやかです。
櫓は、ふたりが乗ればいっぱいになるくらいの小さなもの。ふだんは誰も乗っていませんが、子どもたちが主役の曲になると、先生がふたり櫓に上がってお手本を見せてくれます。先生を見ながら、子どもたちが楽しそうに踊る姿が、とっても可愛かったですよ。
ひとりで参加する私たちにとってありがたいのは、輪の空気がやさしいこと。振付を知らない曲でも、まわりの方の動きを見ながら、見よう見まねでついていけます。
この日踊ったのは、朝顔音頭や少年八木節など。難しい曲はなく、はじめての方でも入りやすい曲が多かった印象です。人も混みすぎず、輪にすっと入れました。
そして最後は、阿波踊り。締めの太鼓では、五神太鼓が櫓の上に上がりました。小さな櫓が、この夜いちばんの主役になった瞬間です。
ジュリーの記録シート
混雑度:★☆☆☆☆(ゆったり)
輪の入りやすさ:★★★★★
ひとり参加:◎
来年も行きたい:◎
台東区の盆踊りに、荒川区長が来ていた
この日の盆踊りは、荒川区長さんのごあいさつもありました。
台東区根岸の盆踊りに、お隣の荒川区から区長さんが来てくれている。まるで、お隣さんがふらっと遊びに来てくれたような、あたたかい空気でした。この夜は「荒川音頭」も流れて、お隣さんの踊りを、みんなでいっしょに踊りました。
それもそのはず。御行の松不動尊があるのは、台東区と荒川区の境のすぐそば。道一本、角ひとつで区が変わる、そんな場所なんです。
そして、ここからが私がいちばん心を動かされたお話です。
御行の松には「弟」がいます。荒川区立第三日暮里小学校に植えられた「弟松」です。そして、台東区立根岸小学校と、荒川区立第三日暮里小学校。区のちがうふたつの小学校の校歌に、どちらもこの松が歌われているそうです。
想像してみてください。
地図の上では、ここに区の境の線が引かれています。通う学校も、住んでいる区も、区長さんもちがう。それでも、線の両側の子どもたちが、同じ一本の松を、それぞれの校歌で歌って大きくなっていく。
そして夏の夜には、その松の前で、両方の区の人たちがひとつの輪になって踊っている。
輪の中で、私はこう思いました。
「これが国単位になったら、平和なのに」
境の線を引くのは、人間です。でも、同じ松を大切に思い、同じ太鼓の音で同じ踊りを踊ることは、線をこえてできる。小さな町の盆踊りが、そのことを当たり前のように見せてくれていました。
盆踊りは、もともとご先祖さまを迎えて送る、祈りの踊りでもあります(盆踊りは祈り、と感じた麹町の夜の記事もよかったらどうぞ)。こうして誰かと輪になって踊れる夜があること。それ自体が、平和の中にいる証なのかもしれません。
輪の中にいた人、輪の外にいた人

この夜、輪の中でいちばん目を引いたのは、浴衣姿の子どもたちでした。色とりどりの浴衣で踊る姿が、とにかく可愛い。子ども向けの盆踊り曲が流れたあとには、お菓子のプレゼントもありました。踊り終わって「お菓子」という言葉が聞こえたとたん、子どもたちがいっせいに動き出すんです。まるでコントみたいで、おもしろ可愛かったです。(子どもたちが主役だった上野黒門の盆踊りの記事も、あわせてどうぞ。)
ただ、ひとつ気づいたことがあります。小さな子はたくさんいたのに、小学校の高学年くらいの子は見かけませんでした。
お年頃かな? 受験の勉強や、夏休みの宿題の追いこみで大変なのかな。夏休みも終わりの日曜日でしたしね。
今はそれでいいと思うんです。でも、そのうちでいいから、また盆踊りに興味を持ってくれたら嬉しいな。大事な文化だから。
そして、この夜いちばん感慨深かった光景があります。
車椅子に座ったままのご老人が、輪の外で笑顔で手を叩いて、踊りを見ていたんです。
きっと、数年前までは踊っていたんだろうな。ほんとは踊りたいんだろうな。太鼓の音に誘われて、見に来たんだろうな。
混みすぎないから、車椅子でも気軽に来られる。それが、地域に大事にされている町の小さな盆踊りなんだなと思いました。
浴衣の子どもたち、今は来ていない高学年の子たち、輪の外で笑顔で手を叩く人。この輪は、世代から世代へ、こうして受け継がれていくのだと思います。
この歴史は、守りたい。
行き方と、来年行くなら
御行の松不動尊(台東区根岸4-9-5)へは、JR鶯谷駅から歩いて10分ほど。東京メトロ日比谷線の入谷駅からも歩いて行けます。
私が行った2026年は、8月30日(日)の19時から21時ごろまででした。来年行かれる方は、日程を確認してから出かけてくださいね。
ひとりで行く方へ、ちょっとしたアドバイスです。
・混みすぎないので、輪にはすっと入れます。ひとり参加でも心配いりません
・境内は出店でいっぱいで、夜は暗いので、松をゆっくり見たい方は別の日にお参りするのがおすすめです。鶯谷から歩く道にもお寺がいくつもあり、入谷には入谷鬼子母神や小野照崎神社もあるので、あわせて神社仏閣さんぽにするのも楽しいですよ
・荒川音頭など、両方の区の踊りが流れるのもこの盆踊りならでは。知らない曲は見よう見まねで大丈夫です
ほかにも、東京でひとりで参加できる盆踊りを盆踊りひとり参加のまとめ記事で紹介しています。
🎨 ジュリーのおすすめ
御行の松を描いた広重の江戸名所。絵の中の江戸を知ってから歩くと、同じ道がまったくちがって見えてきます。Amazon公式サイト|広重TOKYO名所江戸百景
(御行の松は「絵本江戸土産」に収録)
広重が描いた松の前で、区の境をこえて、子どもからご老人まで、みんながひとつの輪になる。そんな小さな盆踊りが、今年も根岸の夜に続いていました。
整えることで、人生は変えられる。
それではみなさま、ごきげんよう。
