皆さまごきげんよう、歴史好き看護師のジュリー・ジョリーです。
じつは前回、わたしはやらかしました。
浅草名所七福神めぐりで矢先稲荷神社(やさきいなりじんじゃ)にお参りしたとき、天井を見上げるのを、すっかり忘れて帰ってきたのです。
家に帰ってから知りました。あの拝殿の天井には、100枚の絵が奉納されている。しかも神武天皇の時代から始まる、日本人と馬の歴史をたどる絵だと。
見上げれば、そこにあったのに。
そして2026年は、60年に一度の丙午(ひのえうま)。馬の年です。行くなら、今年しかない。
そんなわけで、8月のよく晴れた午前中、わたしは矢先稲荷神社へ戻ってきました。今度こそ、上を向くために。

この記事でわかること
- 矢先稲荷神社の由緒と、「矢先」という名前の意外な理由
- 車がなくても行ける、田原町駅からの日陰ルート
- 拝殿に上がって見る天井画100枚の楽しみかた(撮影OKです)
- 2026年の午年に、この神社をおすすめしたい理由
- 参拝のあとに寄れる、ひとりでも入りやすいごほうびランチ
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矢先稲荷神社ってどんな神社?家光公と「矢の先」の物語
矢先稲荷神社は、東京・台東区の松が谷にある、小さなお稲荷さんです。
はじまりは寛永19年(1642年)11月23日。三代将軍・徳川家光公が、国家の安泰と人々の安全、そして武士たちの武道の鍛錬のために、この浅草の地に三十三間堂を建てました。京都のあの有名な三十三間堂に倣った、江戸版の三十三間堂です。
その三十三間堂の守護神としてお祀りされたのが、当社のはじまり。ご祭神は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、お稲荷さまです。
なぜ「矢先」なのでしょう?
三十三間堂といえば、通し矢。長いお堂の軒下を、端から端まで矢で射通す競技です。武士たちが腕を競い、何百本射通せるかを争いました。
そして、この神社が建っていた場所。それが、ちょうど的の、その先にあたっていたのです。
矢が飛んでくる、その延長線上。だから「矢先稲荷」。
現代でいえば、射撃場の的の裏手に立っているお社、といったところでしょうか。ちょっと物騒にも聞こえますが、逆にいえば「矢を受け止めてくださる神さま」。武士たちにとっては、これほど心強い場所もなかったのかもしれません。
三十三間堂は去り、神社だけが残った
けれど、江戸の町に火事はつきものでした。
元禄11年(1698年)、勅額火事と呼ばれる大火で三十三間堂は焼失します。そして元禄14年(1701年)、三十三間堂は深川へ移転しました。
けれど、矢先稲荷神社は、この地に残ったのです。
さらに昭和20年(1945年)、東京大空襲で社殿は焼け落ちます。それでも人々はここに社を建て直しました。昭和35年(1960年)に再建された、いまの鉄筋コンクリート造の社殿です。
そして、その拝殿の天井に——あの100枚の絵が奉納されることになります。
三十三間堂は去り、大火に遭い、空襲に遭い、それでもこの場所に在り続けた神社。そう思って鳥居をくぐると、境内の静けさが少し違って見えてきます。
【車なし】田原町駅から徒歩5〜7分。道具街ルートは屋根つきです

わたしは運転免許を持っていません。ひとり旅はいつも、電車とバスと、たまにタクシー。
でも矢先稲荷神社は、車がなくてもまったく困らない神社です。
最寄り駅は3つ
- 東京メトロ銀座線 田原町駅/稲荷町駅 から徒歩約7分
- 浅草駅(銀座線・都営浅草線・東武・つくばエクスプレス)から徒歩約10分
- 東西めぐりんバス「松が谷」 停留所から徒歩約2分
わたしは田原町駅から歩いて、体感5〜6分でした。案内より短いのは、たぶんわたしが早歩きだからです(看護師の職業病でしょうか、笑)。ゆっくり歩く方は、案内どおり7分前後を見ておけば安心です。
夏に歩くなら、断然かっぱ橋道具街ルート
8月の午前中。正直に言えば、暑いです。
でもここでひとつ、おすすめのルートがあります。かっぱ橋道具街を通ること。
道具街は、歩道の上に屋根がかかっています。つまり、ずっと日陰。さらにお店の入り口から流れてくる冷気が、通りすがりにふわりと当たるのです。あれは本当にありがたい。炎天下の大通りを歩くのとは、体感がまるで違いました。
ただし、ひとつだけ。観光客がとても多いです。
前を行くグループの後ろについてしまうと、じりじりと進むことになります。なので、すっと横に出て、抜かして、また戻る。この「人を抜かしながら歩く技」が要ります。
でもですね。ひとり旅だと、これがびっくりするほど簡単に身につくのです。
だって、誰も待たなくていい。誰にも合わせなくていい。自分の歩幅だけで、すいすいと隙間を縫っていける。気づけば技はどんどん磨かれて、レベルアップしていきます(笑)。
ひとり旅って、こういう小さな自由の積み重ねなのかもしれません。
神社の場所
〒111-0036 東京都台東区松が谷2-14-1
かっぱ橋道具街通りを北へ進み、西へ一本入ったところ。派手な看板はありません。民家が並ぶ、ふつうの町並みのなかに、鳥居がすっと立っています。
「え、ここ?」と思うくらい、静かです。
拝殿に上がれた。天井画100枚「日本馬乗史」の世界
鳥居をくぐると、境内にはわたしひとりでした。
音が、しません。セミの声も、車の音も聞こえない。ただ静かでした。(もしかしたら、鳴っていたのに気にならなかっただけかもしれません。それくらい、心が静かになる場所でした)
そして、拝殿。

扉が、開いていました。
参拝をしてから、靴を脱いで
矢先稲荷神社の拝殿は、上がらせていただいて天井画を拝観することができます。
まずは正面できちんと参拝を。それから靴を脱いで、お賽銭箱の脇からそっと拝殿へ上がります。
ここで大事なことをひとつ。素足で上がるのはNG。神さまの前ですから、当然といえば当然の礼儀です。
でもこれ、夏はうっかりしがちですよね。サンダルで来た方は、そのままでは上がれません。靴下を一足、かばんに入れておいてください。 これを知らずに来ていたら、わたしはあの100枚を見上げられませんでした。
撮影のルール
天井画は撮影OK。ただし拝殿の奥はNG——そう案内に書かれていました。
写真を撮らせていただけるのは、本当にありがたいことです。だからこそ、ルールはきちんと守りたいですね。
頭上に広がる、100枚の歴史
そして、顔を上げました。

圧巻でした。
格天井いっぱいに、絵、絵、絵。100枚です。
かっこいい。素直に、そう思いました。貴重な文化財に触れさせてもらっているような感覚でした。
テーマは「日本馬乗史」。神武天皇の御世から、日本人と馬がどのように歩んできたかを描いた大作です。(サイトによっては「日本乗馬史」と表記されることもあります)
言ってしまえば、日本史の年表が、そのまま頭の上に広がっているようなもの。しかも登場人物は全員、馬と一緒。
なんて面白い国なんだろう、と思いました。神聖で、大事なものがぎゅっと詰まっている。それが浅草の路地裏の、小さなお社の天井にある。日本って、やっぱりすごいです。
ちなみにわたしは、座るのがなんとなく図々しく思えて、立ったまま見上げていました。……首、辛いです(笑)。ここは正直にお伝えしておきます。
時代順だから、「推し」に会いに行ける
この天井画がすばらしいのは、時代順に並んでいることです。
だから、闇雲に首を回さなくていい。「わたしの好きな時代はこのあたり」と見当をつけて、そこから探せる。
歴史好きには、たまりません。
わたしがいま夢中なのは、源平合戦。だから当然、そのあたりを重点的に見上げました。平清盛。源義経。 名前を知っているあの人たちが、馬とともにそこにいる。カメラを構えながら、ひとりでにやにやしてしまいました。
もちろん、はじまりの神武天皇もいらっしゃいます。日本のはじまりから馬と歩いてきたのだということが、絵の並びだけで伝わってきます。
石段を駆け上がる馬——ここで、話がつながった
なかでも、思わず首を止めた一枚がありました。

急な石段を、馬に乗った武士が駆け上がっていく絵。
これはもしかして、あの話では——愛宕神社の「出世の石段」です。
時は寛永11年(1634年)。徳川家光公が芝の増上寺からの帰り道、愛宕山の上に咲く梅を見つけて言いました。「誰か、馬にてあの梅を取って参れ」と。
家臣たちが尻込みするなか名乗り出たのが、四国・丸亀藩の曲垣平九郎(まがきへいくろう)。彼は本当にあの急な石段を馬で駆け上がり、梅を手折って駆け下り、家光公に献上したと伝わります。(諸説あります)
——ここで、はっとしました。
だって、その家光公が、この8年後に三十三間堂を建て、その守護神として生まれたのが、いまわたしが立っているこの神社なのです。
石段の絵と、この神社が、家光公という一本の線でつながっている。見上げているだけで、そんなことに気づいてしまう。これだから歴史はやめられません。
帰るころ、老夫婦がひとくみ
どれくらい見上げていたでしょうか。そろそろ、と靴を履いていると、ご年配のご夫婦がひとくみ、静かに入っていらっしゃいました。
わたしが独り占めしていた100枚を、こんどはあのお二人が見上げるのだな。
そう思いながら、境内をあとにしました。
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📖 ジュリーのおすすめ
天井画で平清盛や源義経を見つけて、「源平合戦、ちゃんと知りたいな」と思った方へ。
『眠れないほどおもしろい平家物語 なぜ、こんなにもドラマティックなのか』(板野博行/王様文庫)
原文が苦手でも大丈夫。人物と物語の流れが、読み物としてすいすい頭に入ってきます。「まず一冊」から始めたい方にぴったりです。
2026年は60年に一度の丙午。午年に矢先稲荷へ行くべき理由
さて、なぜわたしが「今年こそ行かなければ」と思ったのか。
2026年は、丙午(ひのえうま)の年だからです。
午年は12年に一度。でも丙午は60年に一度
干支というと十二支を思い浮かべますが、本来は十干(甲乙丙丁…)と十二支の組み合わせ。全部で60通りあり、一周するのに60年かかります。
つまり、午年は12年に一度めぐってきますが、「丙午」は60年に一度しか来ません。
前回は1966年(昭和41年)。そして次は——2086年です。
わたしは、たぶん立ち会えません(笑)。
「丙午の女は気が強い」と言われた時代
丙午には、ちょっと切ない歴史があります。
丙も午も火の性質を持つとされ、火が重なる強い年と考えられてきました。(諸説あります)
そこに、ひとりの少女の物語が重なります。八百屋お七です。
天和2年(1682年)の大火で焼け出され、避難した寺で出会った男性に恋をした少女。もう一度あの人に会いたい——その一心で火をつけ、火刑に処されました。事件から逆算して、お七は寛文6年(1666年)の丙午生まれとされます。(諸説あります)
この悲しい物語を井原西鶴が『好色五人女』に書き、歌舞伎や文楽で上演され、川柳にも詠まれ——江戸のヒットコンテンツになりました。
そうして「丙午生まれの女性は気が強く、夫の身を焦がす」という俗信ができあがっていったのです。
その影響は昭和まで続きました。1966年(昭和41年)の出生数は、およそ25%も落ち込んだと記録されています(約182万人 → 約136万人)。生まれてくる子の性別すら選べないのに、そんな理由でためらわれた時代があったのです。
ひとりの少女の恋の物語が、300年後の出生数まで動かしてしまった。
いま聞くと、ずいぶん理不尽な話ですよね。
でも見方を変えれば、丙午は「それだけ勢いのある年」とも言えます。火が重なるほどのエネルギー。何かを始めるには、これ以上ない年ではないでしょうか。
馬の年に、馬の絵100枚に会いに行く
そんな60年に一度の年に、神武天皇の御世からの馬の歴史が100枚並ぶ神社へお参りできる。
こんな機会、そうそうありません。
それに、馬という生きものは前へ進むものです。後ずさりする馬の絵は、あの天井には一枚もありませんでした。
「行ってみたいけれど、ひとりは不安」——そう思っている方こそ、今年、見上げに行ってみてほしいのです。
帰る前に。シャッターに描かれた江戸の町

天井画に夢中になったあと、帰る前にもうひとつ見ていただきたいものがあります。
シャッターに描かれた絵です。
場所は、鳥居をくぐって奥、ほぼ正面。拝殿から靴を履いて出てきたら、すぐ目に入る位置にあります。屋外なので、参拝時間を気にせず見られるのもうれしいところ。
描かれているのは、江戸の町の様子。
そして、——ありました。三十三間堂です。
いまはもうこの場所にない、あのお堂。元禄の大火で焼け、深川へ移っていったお堂が、絵のなかにはちゃんと建っているのです。
「江戸の町って、こんな感じだったんだなあ」
なんか、いいなぁ。そう思いながら、しばらく動けませんでした。
天井画が「日本と馬の歴史」なら、こちらは「この場所そのものの歴史」。見上げたあとは、まっすぐ帰らずに、ぜひ。
参拝のあとは上野へ。ハンバーグでごほうび
首を酷使したあとは、ごほうびです(笑)。
向かったのは上野。三井ガーデンホテル上野の1階にある「ボスコ・イルキャンティ」です。
矢先稲荷神社からは、稲荷町駅で銀座線に乗ってひと駅。歩いても15分ほどの距離です。
この日いただいたのは、日替わりランチのハンバーグ。
ホテルの1階という立地なので、ひとりでも入りやすいのがありがたいところ。旅先でひとりごはんに気後れしてしまう方でも、大丈夫、お客さんの半分くらいはお一人様です。窓の外を眺めながら、さっき見上げた100枚の絵をぼんやり思い返す時間。
歩いて、見上げて、食べる。ひとり旅の完璧な午前中でした。
ランチ 11:30〜15:00(最終入店14:30)
🍝 ジュリーのおすすめ
遠方から浅草・上野を訪ねる方は、上野に宿を取るのも手です。矢先稲荷神社まで電車でひと駅。朝いちばんの静かな境内を独り占めできます。
ひとりでも大丈夫。持ちものと、回りかたのコツ
最後に、これから行かれる方へ。
- 靴下は必ず。素足では拝殿に上がれません。これがないと天井画に会えません
- 午前中が狙いめ。わたしが着いた11時前、境内はわたしひとりでした
- モバイルバッテリーを。100枚あります。何枚も撮ります。減ります
- 首、疲れます。無理せず、休みながら見上げてください
- 社務所の受付は9:00〜16:00(時期により16:30)
御朱印は、前回の七福神めぐりでいただきました。通常の御朱印は御朱印帳へ直筆、七福神の色紙も。季節の限定御朱印もありますので、そちらは公式でご確認を。

🔋 ジュリーのおすすめ
神社仏閣めぐりの必需品。天井画も御朱印も鳥居も撮っていたら、スマホの残量はあっという間です。軽くて小さいものをひとつ、かばんの底に。
おわりに|見上げれば、そこにありました
前回のわたしは、見上げるのを忘れて帰りました。
でも、天井画はずっとそこにありました。逃げも隠れもせず、100枚のまま、静かに待っていてくれました。
忘れたら、また行けばいい。気づいたときが、その人にとっての「行くべきとき」なのだと思います。
60年に一度の丙午。馬たちに会いに、ぜひ見上げてきてください。
整えることで、人生は変えられる。
それではみなさま、ごきげんよう。
